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脱原発、再エネの技術革新と人間の創意工夫で10年後に可能とスイスの物理学者

クリスチャン・バン・シンガーさんは、国会議員で物理学者。 再生可能エネルギーとエネルギー効率の専門家でもある。 swissinfo.ch

スイスでは21日、国民投票でエネルギー転換を図る政策「エネルギー戦略2050」の是非が問われる。これは、節電やエネルギー効率の促進、再生可能エネルギーの推進に加え、原発の新規建設の禁止を軸にしている。しかし、既存の原発の寿命には制限がないため、ゆるやかな段階的脱原発になる。では、40年といわれる原発の寿命はどう決められたのか?など、原発の問題点やスイスのエネルギー転換を物理学者のバン・シンガーさんに聞いた。

 緑の党の党員で国会議員でもあるクリスチャン・バン・シンガーさんは、 物理の専門家として「世界の物理学者は戦後、原爆のあの膨大なエネルギーを何かに使いたいと原発を考案したが、二つの問題を全く無視していた。事故のリスクと核廃棄物の問題だ」という。

 「世界には現在約500基の原発があり、そして五つの過酷事故が起きた。スリーマイル、チェルノブイリ、福島第一原発の1、2、3号機だ。その結果、世界で原発が始まったときに算出されたほぼゼロに近い1億分の1というリスク 確率は、1千万分の1に訂正された。リスク計算は完全に間違っていたのだ」

 「さらに、これら五つの過酷事故はもっとひどい事故になる可能性があった。チェルノブイリでは人口密度が低かったため数十万人の強制避難で済んだし、福島第一原発でも4号機が奇跡的に大丈夫であったことや初期に風が太平洋側に吹いたことが幸いした。もし東京の方に吹いていれば、東京の全人口が避難しなくてはならなかった」

 そしてこの原発事故のリスクには、人為的ミス、テクノロジー上の欠陥、使われている材料の老朽化、自然災害が想定基準を超える場合など多くの原因があり、現在ではそれにテロの危害も加わり、複雑化・多様化していることが問題なのだという。

スイスインフォ: スイスもそうですが、一般に原発の寿命が40年に決められた理由は何ですか?

クリスチャン・バン・シンガー: スイスでは、ベツナウなどの小型原発は寿命を30年とし、それに10年の余裕を加え40年にした。例えば、電気機器に保証期間が付いているようなものだ。

複雑な構造を持つあらゆる機械の事故リスクを線グラフにした場合、初めにカーブが大きく上がるのは思いもしなかった設計ミスなどで事故が起こるからで、次いで機能的にもリスクが比較的少なくカーブが下がる安定期があり、最後に再びリスクが増えカーブも上がる時期がくる。機材や部品が古くなるからだ。それは古い飛行機などでも同じだ。

紙を太陽光に当てると、数週間後には黄色くなる。同じように、原発では圧力容器の鉄鋼が中性子線にあたったり、急激な温度変化があったりする過酷な環境では古くなるのは当然だ。

問題は、40年経過後に何年もつか計算できないことだ。だから40年過ぎても使用しようとする。しかし、私の考えでは40年以上続けることは非常に危険だ。特に原発を設計した当初30年だと想定されていたのだから。

スイスインフォ: 原発のどの部分が一番壊れやすいのでしょうか?

バン・シンガー: ミューレベルク原発(スイスの5基の原発の一つで、2019年に廃炉になる)がそうであるように、 圧力容器の壁が一番傷つきやすい。だが、蒸気発生器や色々なチューブが弱い場合もある。結局、どこが一番古くて壊れやすいかはよく分からない。それが問題なのだ。もし、そうした部分が前もって分かっていれば、そこを取り替えたり補強したりできるのだが・・・。

さらに、今までの原発事故を見ると事故の原因・要因が多様で複雑化している。福島のように津波のせいで発電機が停止し冷却できなくなれば爆発が起こる。スイスのように川の水だけで冷却している場合は、もし大規模な洪水が起きると福島と同じことになる。実際、100年ごとに大きな洪水が起きている。

また洪水でなくとも、スイスではダムが決壊することもあり得る。そうすると、流木や大きな石などが原発の取水口を塞いでしまい、冷却できなくなる。

地震だって起こり得る。たとえ500年ごとに起こるにしてもだ。そうした場合、原発のどこの部分が壊れるか、残念ながら予想はできない。

また例えば、テロリストが飛行機を操縦して、高層ビルに突っ込むなど誰が想像しただろうか?同様に、原発に猛スピードで突っ込むような事故が起これば、過酷事故になる。

便利さや経済優先の考えが事故原因になることもある。福島原発事故では、津波がいつかはくると知っていながら崖をわざわざ崩して海面と同じ高さに原発を建てた。ポンプで水を汲み上げるコストを節約したからだ。従って次の過酷事故が、何が原因で起こるかは分からない。予測不能なのだ。

スイスインフォ: しかし、スイスではどうして原子力規制委員会が安全といえば、いつまでも稼動できるのでしょうか?

バン・シンガー: スイスでは原発に関する法律の中に、「原子力規制委員会は原発のリスクだけではなく、電力会社の経済的利益も考慮しなくてはならない」と書かれている。そのため、もしある電力会社が仮に1億フラン(約113億円)を失うと言えば、原子力規制委員会は「それならば、事故のリスクはかなり小さいから、原発は稼働できる」と言う。

しかし、こういった予測不能な過酷事故が起きると分かった以上、そういう風に考えるべきではない。なぜなら事故が引き起こす損失はあまりにも巨大だからだ。過酷事故がスイスで起これば電力会社はほとんど賠償できず、国がカバーすることになる。事故処理には2千億フラン(約23兆円)かかるのに対し電力会社がかけている保険額はわずか20億フラン以下だからだ。

さらに、チェルノブイリ原発事故が示したように、事故被害は国内にとどまらない。スイスでは3日に一度強い北からの風が吹く。もし、スイスの北部に位置する原発が事故を起こし、この北風が吹き雨も降れば、スイス南部のフランス語圏は生活できないゾーンになり、遠くはマルセイユまでも放射能に汚染されるだろう。

3日に2日は南西の風が吹く。そんなとき原発事故が起これば今度はドイツ語圏が汚染される。とにかく一度スイスに原発事故が起こればスイス全体が住めない地域になり、スイスの人口の約800万人のうち500万人、つまり大部分の人がスイスから避難しなくてはならない。

スイスインフォ: フランスの電力会社やスイスの安全規制委員会などは、技術的革新が進んでいるのだから、安全性は高まっていると言います。このことをどう考えますか?

バン・シンガー: それは、科学者の傲慢さ、思い上がりからの発想だ。科学者は自分が発見したことや作り出した技術に対しあまりに自信があり、また自慢でもあるため、失敗することや事故を起こすことはないと言い張る。フランス人はフランスの技術は一番だと言い、アメリカ人はアメリカの技術が一番だと言う。恐らく日本人もそうだろう。ロシアの科学者だって同じことだ。だから、自分のところで事故は起こらない。起こるとしたら他で起こると考えている。

それに加え、1千億フランもの利益が上がるとなると、しばしば人はリスクの可能性やリスクの性質そのものを忘れようとする。そして、経済的側面のみを考え決定する。

スイスインフォ: 原発の二大問題「事故のリスクと核廃棄物」のうち、核廃棄物についてですが、これは、「エネルギー戦略2050」で原発の寿命が限定されていないため今後も増え続けます。最終貯蔵所は、スイスでも特定されていません。

バン・シンガー: 歴史的に見て、原発賛成側の科学者たちは、こうした核廃棄物も処理できると主張してきた。ところが、紙の上では大丈夫だと保証された解決方法も、全て失敗した。まず、廃棄物は海に捨てられた。当時、廃棄物の入った容器は1千年間、大丈夫だと言われた。ところが数十年後には、すでに廃棄物の半分が海水中に流出。そこで、海に捨てることは禁止された。

ロシアは、古い油田の油井に廃棄物を埋めることにした。油井は100万年間もつだろうと言った。ところが、ここでも廃棄物が外部に出てきたため中止になった。

ドイツは、古い、塩を採掘する岩塩坑に廃棄物を捨てた。洞窟内には塩が残っているので透過性はなく、しっかりしていると言われた。ところが廃棄物が漏れ、プルトニウムさえ見つかった。それを除染するためにストックしたものを取り出す作業に、何十億フランものお金をかけざるを得なくなっている。

従って、確実だと保証された核廃棄物の処理方法が全て失敗に終わっている。そして今日では、絶対に安全だという廃棄物の処理方法は存在しない。

にもかかわらず、スイス政府は、「技術者や科学者が安全な解決方法があると言っている」と弁護している。それを信じたいと思っていて、信じて原発の寿命を伸ばし続けようとしているのだろう。

スイスインフォ: ところで、最近言われることは、日本をはじめスイスでもなぜ原発から完全に脱却できないかというと、それは原発が潜在的に核兵器を作る可能性を持っているからだと言います。どう思いますか?

バン・シンガー: 新しいタイプの原発を使う選択をした国の政府は、核兵器を作る目的でそれを選択していることは、誰の目にも明らかだ。そうでなければ、トリウムを使った原発を作ったことだろう。トリウムの方が危険は少ない。しかし、トリウムで核兵器は作れない。よって、トリウムで作る原発は選択されなかった。

今日、トリウムを使って原発を作ることも見直されてきているが、私の考えでは、その開発にお金をかけるより、再生可能エネルギーのエネルギー効率を高めるための技術革新にお金をかける方が良い。

スイスインフォ: その再生可能エネルギーですが、今回の国民投票で、原発維持派の右派・国民党は、「太陽が輝かなければ、風が吹かなければどうするのか?」と、再生可能エネルギーの不安定さを原発擁護の論点の一つにしています。

バン・シンガー: 彼らはそう言うが、反対の見方もある。日曜日1日の消費電力は、普通の日の午前11時の消費電力の半分だったりする。もし原発のようにいつも一定量の発電を得られたら、余剰電力の使い道を考える必要が出てくる。だから、原発も再生可能エネルギーもその点に限って言えば、両方に問題がある。

結局、いかに余剰電力や不足電力を調整するかという「需給バランス調整」が課題になるのだが、スイスには運よく大量の水力発電がある。もし太陽も風もなかったら、ダムを開け、それで調整がつく。つまり、太陽光や風力が十分にあるときに余剰生産された電力を使って水を下池ダムから上池ダムに揚げておき、不足している時に水を流して発電する。こうして、スイスでは、ほとんど再生可能エネルギーのみでやっていくことが可能だ。

これまでもスイスは絶えず一定の発電をするスランスの原発やドイツの火力発電から夜間に安価な余剰電力を買い、それを使って上池ダムに水を揚げ、日中にそれを流し、得られる電力をイタリアなどに売り、大きな利益を上げてきた。しかし、現在はイタリアでも太陽光発電が増えてきており、利益が前ほど上がっていない。だからこそ、水力発電をもっとスイス国内で使うことが大切だ。

結論として、国民党の言う再生可能エネルギーによる発電の不安定性は、スイスでは水力発電で解消する。他の欧州の国でも、再生可能エネルギーを発展させる間、稼動の停止・再開が簡単にできる火力発電を利用して解消できるはずだ。

また、さらに違う形の蓄電も考えられる。それは分散型の「エネルギー生産」でもある。例えば電気自動車が何百万台も欧州にはあるが、こうした自動車の電池もある種の蓄電の役を果たす。昼間、太陽光発電で過剰に発電されたものを自動車に蓄電できるからだ。また、太陽光発電の蓄電技術はかなりのスピードで改良されているため、家庭や工場でも電気を蓄積できる。ある地域では、 こうした技術革新で太陽光発電が大量に消費されている。

再生可能エネルギーの技術革新は素晴らしく、例えば二酸化炭素ガスから人工的なメタンガスを作りそれで発電する技術もできている。このように、次々と新しい技術が開発されている。

スイスインフォ: 最後に、物理学者としてスイスの今後のエネルギー転換に関する展望を教えてください。

バン・シンガー: 確実な核廃棄物の処理方法がなく、また五つもの過酷事故を経験した以上、スイスは一日も早く原発を止めるべきだ。しかし、すぐには無理で、段階的にやっていくしかない。再生可能エネルギーの技術も段階的に発展しているからだ。だが、約10年もあれば脱原発できると試算している。

この10年の間、原発の停止に圧力をかけながら、同時に州や小さな自治体、あるいは大都市のレベルで再生可能エネルギーをさらに展開させ、やがてそれが大きな力になれば自然に原発が不要になる、そうしたエネルギー転換を考えている。

クリスチャン・バン・シンガー(Christian Van Singerさん略歴

緑の党の党員で物理学者。2007年より連邦議会(国会)議員。 連邦工科大学ローザンヌ校でエネルギーシステムの修士号を取得。再生可能エネルギーとエネルギー効率の専門家。「脱原発委員会」の代表も務め、有機農業や自然遺産・文化遺産にも興味を持つ。

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