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ハリウッド文化を解体するスイス人映画監督アレクサンドル・O・フィリップの世界

ウィリアム・シャトナーとカーク船長の蝋人形
ジェームズ・T・カーク船長(「スタートレック」)のろう人形公開セレモニーに出席した俳優ウィリアム・シャトナー。米ロサンゼルスのマダム・タッソー・ハリウッドで Keystone / Dan Steinberg

スイス人ながらスイスではほぼ無名という映画監督アレクサンドル・O・フィリップ氏。その本領が発揮されるのは、米ポップカルチャーのマニアックな分析だ。「スタートレック」の元祖カーク船長役で有名なレジェンド俳優ウィリアム・シャトナーを描いた新作ドキュメンタリー映画「You Can Call Me Bill」が今夏チェコのカルロヴィ・ヴァリ国際映画祭で上映されたのを機に、swissinfo.chは現地で同氏にインタビューを行った。

1人の若き映画オタクがローザンヌからハリウッドに移り住み、ドキュメンタリー映画監督としてそのオブセッション(強迫観念)の解体を試みる。そのきっかけは何だったのか?

フィリップ氏の作品歴を一瞥(いちべつ)してみて頭をもたげるのがそんな問いだ。同氏は、米ポップカルチャーやそのアバターを取り巻くファンダム(ファン集団)の位置関係を示すような作品で実績を築いた。

ジョージ・ルーカスと「スター・ウォーズ」、デヴィッド・リンチ、「エイリアン」シリーズ、アルフレッド・ヒッチコックの「サイコ」(1960年)のシャワーシーン。フィリップ氏のインスピレーションは、こうしたハリウッド文化の奥深くにある。「首なしニワトリのマイク(1945年に首を切られたが18カ月間生き延びた)」やクリンゴン語(スタートレックに登場する架空の言語)をあやつるファンたち、それに多種多様なゾンビ映画も、同氏のオブセッションの対象だ。作品の切り口として選ばれるアイコニックなキャラクターたちは、自ら大なり小なり熱狂的ファンダムを抱え、多次元をまたぐ伝説に彩られている。

アレクサンドル・O・フィリップ氏
カルロヴィ・ヴァリ国際映画祭に出席したアレクサンドル・O・フィリップ氏 Karlovy Vary Film Festival

フィリップ氏の最新作「You Can Call Me Bill(仮訳:ビルと呼んでくれ)」は、カナダ人俳優ウィリアム・シャトナーを巡るドキュメンタリー映画だ(訳注:「ビル」は「ウィリアム」の愛称)。元祖「スタートレック」シリーズ(1966~69年)と7本の続編(1979~94年)でジェームズ・T・カーク船長を演じ有名になったシャトナーは、ポップカルチャーの分野でも最も長く献身的に愛される「大根役者」の1人だ。92歳の今も精力的で、自伝的な歌を集めた新しいアルバムのレコーディングを終えたばかりだ。

「彼(シャトナー)は、この映画を自分のレガシーとみていたようだ」。チェコ西北部の温泉保養地カルロヴィ・ヴァリで会ったフィリップ氏は、そう回想する。「You Can Call Me Bill」は、当映画祭で上映される前、米テキサス州オースティンのサウス・バイ・サウスウエスト映画祭で初演された。

「3日間のインタビュー中、シャトナーからダメ出しが出ることは一切無かった。会話の舵取りについてはあらかじめ構想があったが、シャトナーは最初のインタビューでいきなり愛犬の死について語り始めた。子供の頃、愛犬の死体を偶然見つけたという、果てしなく暗い話だった」(フィリップ氏)

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フィリップ氏への取材は、閉ざされた立派な会議室で行った。あちこちのホテルバーから聞こえる絶え間ないおしゃべりや足音、グラスの響きに邪魔されることなく話ができる場所だ。我々が向かい合って座ったソフトな感触の赤い回転椅子は背もたれが高く、スタートレックのシンボル的存在であるカーク船長とミスター・スポックが座るエンタープライズ号司令室のキャプテンチェアを彷彿(ほうふつ)とさせた。

フィリップ氏は、ポップカルチャー界でも別格の人々に囲まれ成長期を過ごした。ジュネーブの有名私立学校アンスティチュト・フロリモンに通っていた時の親友エドアルドが、イタリアの大女優ソフィア・ローレンと大物プロデューサー、カルロ・ポンティの子供だったのだ。ポンティ家に泊まれば必ず2人でホラー映画をむさぼるように見た。それらはポンティ家がコネを通じて入手した米国版ビデオで、普通ならばスイスではお目にかかれないものだった。

「エドアルドの家にいる間は、映画やスターダムという概念に常に取り囲まれていた。ラッキーなことにエドアルドや彼の母親とスキーに行くこともあったし、とにかく映画を見ては語り合っていたせいでもある」

フィリップ氏とスイスとの結びつきはきわめて希薄だ。同氏の作品でスイスに縁があるものといえば、映画「エイリアン」のクリーチャーをデザインしたスイス人アーティスト、H.R.ギーガーしかいない。フィリップ氏が2019年に製作したドキュメンタリー映画「Memory: The Origins of Alien(仮訳:記憶~エイリアンの起源)」は、ギーガーに焦点を当てた作品だ。

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フィリップ氏がスイスを離れてニューヨーク大学(NYU)で脚本を学び始めたのは、20歳になる前だった。新天地の全てを飲み込むような文化に散らばる奇抜なエピソードの数々は、たちまち彼を虜(とりこ)にした。そしてマジック・マイク(首なしニワトリの名前)や、ジョン・F・ケネディ米大統領が1963年ダラスで頭部を撃たれた時の道路上の正確な位置などをテーマに映画を作り始めた。 

フィリップ氏の過去作品をひもといたり、スイスに関連した質問への礼儀正しくはあるがフラットな受け答えを聞いたりして感じるのは、同氏にとって母国スイスは米国やハリウッド神話のような強い魅力を持たない、ということだ。

フィリップ氏は「以前からスイスをテーマに映画を撮りたいと思っている。そのために国の支援を得たいが、まだ実現していない」と説明する。「スイスでの上映も…。サンダンスやベネチア、ロンドンを始めメジャーな映画祭は実現したが、とりわけ自分の夢であるロカルノ(国際映画祭)は、まだだ。あとはタイミングと作品が合いさえすれば」

アレクサンドル・O・フィリップ氏
今年のサウス・バイ・サウスウエスト映画祭(米テキサス州オースティン)に出席したフィリップ氏。これまで複数の映画祭に参加したが、スイスではまだだ。「ロカルノはまだ実現していない」 2023 Invision

フィリップ氏がシャトナー始め文化上の一大テーマに新たな視点からアプローチできるのは、米国在住スイス人としての距離感ゆえなのか。

この点について、同氏は「自分は幼い頃から米国、あるいは米国というイメージに夢を抱いていた。それらが真実かどうかは別として。しかし、こうした距離感、スイス人としての距離感は、自分の作品全てにプラスに働いたと思う。自分がどれだけ米国に溶け込もうと、この視点は変わらない。そもそもほとんどの映画は、(ローザンヌとジュネーブで)初めて見た時にはフランス語吹き替えだった」と語る。

記者は最新作について、過去作品のような文化の徹底的解体とは微妙に異なるという感想をフィリップ氏に伝えた。駄作が多いことでも知られるシャトナーだが、今回はそこではなく、シャトナー自身が持つ特殊なキャラクターにスポットが当たっているからだ。

本作を見ていると、シャトナーの率直さすら演技ではないかと思えてくる。フィリップ氏は「彼は6歳の頃から演技をしている。つまり演技歴は90年に近い。常になんらかの形で演技をしていてもおかしくはない」と話す。

「自分は、視聴者が慣れ親しんできたのとは違う角度からウィリアム・シャトナーを見せるチャンスを手にした。シャトナーはとても内省的で思慮深い人物だ。一方で、驚くべき充実した人生を送ってもいる。宇宙にも行った。サメとも泳いだ。やり尽くしている。だからこそ、私たちに与える教訓がある。彼から学べることがあるのだ」

シャトナーに初めて会った時のことで何か特別に思い出すことは?「(シャトナーは)子供の頃からずっと自分の精神の一部だったから…。彼を起用した(オンライン旅行会社プライスラインの)広告は長年の間大々的に展開されていて、至る所で遭遇した。彼は今でも米国では普遍的な存在だ」

シャトナー自身の人生観やトークショーで見せる小芝居もさることながら、本作「You Can Call Me Bill」が興味深いのは、シャトナーを余すところ無く描いているという点だ。彼が出演した広告やセンチメンタルに歌い上げるステージショー、数々の映画のシーン(シャトナーのイメージを覆すようなアーカイブからの掘り出し物もある)、スタートレックのリミックス、コンベンションやトークショーといった公の場への登場から、アマゾン創業者のジェフ・ベゾスが率いる米航空宇宙企業ブルーオリジンの宇宙旅行まで、このドキュメンタリー映画にはシャトナーの全てが詰め込まれている。

宇宙船から降り立ったウィリアム・シャトナーとジェフ・ベゾス
米テキサス州ヴァンホーン近郊で2021年10月13日、米航空宇宙企業ブルーオリジンのロケット「ニューシェパード」による18回目の打ち上げ(NS-18ミッション)を終え、乗員カプセルから降り立ったウィリアム・シャトナー(左)を迎える同社創業者のジェフ・ベゾス(右)。同社が公開した写真 Keystone / Blue Origin / Handout

しかし、本作の根幹にあるのは悲しみや孤独、そして意外かもしれないが、メランコリーだ。これは陳腐さや陽気さと共に文化的存在としてのシャトナーの核でもある。本作が章に分かれ、それぞれが形而的ニュアンスを持つのもその反映だ。

この映画とシャトナーの一般的イメージの双方にとって鍵を握る場面が、米航空宇宙企業ブルーオリジンによる宇宙旅行だ。宇宙船「ニューシェパード」号の地球帰還後、シャトナーだけは他の乗員らと異なり、むっつりとした表情で一歩引き、たった今遭遇してきたことに動揺した様子を見せている。彼の周囲は、エンジニアや宇宙飛行士、そしてベゾス本人も満面の笑みを浮かべ、シャンパンのコルクを飛ばすなど祝福ムード一色だ。

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フィリップ氏は「ビルがあれほどまでに動揺したのは、地球を離れて見渡した暗闇が、彼の目には死にしか見えなかったからだ。彼の人生において死の存在は大きい。我々の映画においてもだ」と説明する。「だから、ウィリアム・シャトナーに関する映画としてはきわめて異質なものになった。彼の映画と聞いて思い浮かべるものとは違っているはずだ。そしてそれは私の誇りだ」

編集:Virginie Mangin、英語からの翻訳:フュレマン直美

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