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風刺文化 スイスの言語地域間で違い

スイスには、風刺をめぐる文化的な違いがある(ネーベルシュパルター紙、ジュール・シュタウバーさんの風刺画) Nebelspalter-Verlag

1月にパリで起きた「シャルリー・エブド」銃撃事件をきっかけに、スイスでも「風刺」に対して再び大きな関心が集まった。ドイツ語圏とフランス語圏で文化的に大きな違いがあるスイスでは、風刺をめぐる反応にも違いがあるようだ。

 「シャルリー・エブドの風刺画家たちが銃撃された直後から、私たちにも、事件に屈せず風刺を続けてほしいという多くのメッセージや励ましの声が寄せられた」と話すのは、スイス・フランス語圏の風刺週刊誌ヴィグスのロホン・フルッチ副編集長だ。

 事件後に広がった報道と表現の自由を擁護する動きの影響で、ヴィグスには400件の新規購読申し込みがあった。

 「武装した頭のおかしな二人が起こした事件に対し、何十万人もの人々が抗議の意を表した。素晴らしいことだ。表現の自由にこれほど多くの人が同調したことは後にも先にもこれが初めてだ。この風潮が持続することを願う」

シャルリー・エブド社銃撃事件後に発行されたヴィグス紙の一面 vigousse.ch

 ヴィグスはフランス人風刺画家バリーグによってスイスで創刊され、シャルリー・エブドの風刺画家にイラストを依頼することも多い。フランス風刺文化がスイスに「移植」されたものと言えるだろう。

 だが、シャルリー・エブドで掲載された風刺画の使用を見送ったこともある。

 例えば、預言者ムハンマドの風刺画が問題になった当時、同誌はそれらの風刺画を掲載しなかった。フルッチ副編集長はその理由をこう話す。「(ムハンマドの風刺画を)あまり面白いと思えなかったし、掲載はただの追随に他ならないと判断したからだ。批判や風刺は、私たちの推進力。だが風刺画は相手を馬鹿にする『嘲笑』ではなく、何か問題を提起するものでなければならない。ある特定のコミュニティーを傷つけ、ショックを与えて良いわけではない」

 ヴィグスでは、風刺画がただの『安物』や『わいせつ物』にならないように気を付けている。「下品になることなく手厳しい批判をすることはできるし、繊細さを持ちながら凶暴になることもできるからだ」

異なった風刺文化

「ここは天国じゃないの?」「違うよ。そうじゃなかったらムハンマドがいるはずだろ」(シャルリー・エブド社銃撃事件後のネーベルシュパルター紙掲載のスヴェン・ヴェグマンさんの風刺画) Swen, Nebelspalter

 一方、スイス・フランス語圏の人に言わせると、ドイツ語圏は伝統的に「共感的」で、より「優しい」らしい。

 ドイツ語圏には1875年から毎月発行を続けてきた「ネーベルシュパルター」という、世界で最も古い風刺雑誌がある。

 編集長のマルコ・ラートシラーさんはこう語る。「フランス、スイス・フランス語圏の風刺はドイツ語圏に比べると、より攻撃的で遠慮がない。ネーベルシュパルターでは、調査・取材に基づくジャーナリズムと、解説や風刺は分けている。ところがフランス語圏のメディアではそれが同時に扱われる」

 ドイツ語圏では、フランス語圏に比べ風刺画があまりメディアに多く登場しないことも特徴的だ。フランス語圏では日刊紙の大半が風刺的な挿絵を掲載するのに対し、ドイツ語圏ではターゲス・アンツァイガー1紙のみで、また週刊紙のNZZアム・ゾンタークがフランス語圏出身の風刺画家シャパットに時おりイラストを依頼する程度だ。

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テプフェール スイス風刺画の生みの親

このコンテンツが公開されたのは、 ジュネーブの画家ヴォルフガング・アダム・テプフェール(1766~1847)は渾身の力を込めて当時の社会や政治を風刺画で皮肉った。風刺画で新しいジャンルを確立した彼は、現在では漫画の祖先とも言われている。

もっと読む テプフェール スイス風刺画の生みの親

 フランス語圏では昔から一般的に新聞や雑誌に風刺的な挿絵が使われることが多かった。挿絵画家たちには技術と経験を身につける場があり、それが風刺漫画の発展にも貢献した。一方ドイツ語圏では、あまり浸透していない。

 「フランス語圏では、風刺画家が編集部内で他のジャーナリストと同等の資格を与えられていて、それは私たちも高く評価するところだ。ところがドイツ語圏ではそうでなく、若い世代が風刺画家という職業を身につける機会がないのは残念なことだ」(ラートシラーさん)

 ネーベルシュパルターは、文化の違いの壁を乗り越えるべく2007年から首都ベルンで展覧会「Gezeichnet(イラスト)」を開催している。そこでは、国内外の挿絵画家、風刺画家約50人のその年の最優秀作品が4点ずつ展示されている。

優れた風刺画家が多く誕生

 ローザンヌ大学のフィリップ・ケネル教授(美術史)は「イラストはプロパガンダの中でも特殊な手段と言える。風刺画は論理に基づくと同時に概念的でもあり、実際に目で見ることのできる『意見』だ。見る人に強烈に訴えかける」と指摘する。

スイスには基準なし

スイス憲法は表現の自由を保障している。連邦最高裁判所は、風刺がそれと判別できるものでなくてはならず「容認しがたいほど風刺の本質を逸脱するものであってはならない」としている。20世紀初頭と第1次世界大戦中に検閲が試みられたこともあるが、1848年以来表現の自由はおおむね守られている。

放送事業に対する苦情を調査する独立機関(UBI/AIEP)によると、風刺は「伝えようとするメッセージと表現形式を、意図的に一致させない特殊な表現手段」であり、風刺だと見て分からなければならないとしている。

スイス報道委員会のガイドラインでは、風刺においても職業倫理が適用されなければならないとする。2006年にコメントを付けることなく、シャルリー・エブドが転載したデンマーク紙ユランズ・ポステンのムハンマドの風刺画12作品に関しては問題があるとした。(出典「正義に直面する風刺」)

 検閲が存在しないスイスは、風刺画には政治的に良い環境だという。「表現の自由は1848年から憲法で保障されている。スイスの風刺画は英国やフランスほど派手ではなく、またこれまでにオノレ・ドーミエ(フランス人風刺版画家)ほどの技量もなかったかも知れない。だが40年ほど前から、国際的な出来事にも反応する優れた風刺画家が出てきている」

 ただし、「世間に公表される出版物では、やはり自己検閲が必要だ」と強調する。「思ったことを勝手に何でも口にしていては、思慮も論理もない無意味な論争が引き起こされるだけだ」

 ケネル教授によると、1900年代のフランス・メディアは無政府主義傾向が強く、「今日では許容されないような行き過ぎた風刺もあった」。

 この点に関し、ネーベルシュパルターのラートシラーさんはこう語る。「確かに、挑発したり大胆不敵に批判したりすることも一つの選択肢だ。だがそれ以外にも、行間に多くの意味を含ませる手段はある。そもそも、スイスのシステムはフランスとは大きく異なる。スイスの意思決定プロセスや、直接民主制などは、一つの権力が牛耳る隣国とは全く別物だ」

 スイス報道審議会のドミニク・フォン・ブルグ会長は、スイスやフランスを問わず、世界中で報道の自由が大きく躍進することを願っている。

 「今は、メディアがかなり自己検閲を強いられている時代だ。特にポリティカル・コレクトネス(政治的な正しさ)が支配する米国ではそうだ。こうした中、表現の自由に守られ、徹底的に挑発する勇気を持てるのは、幸運なことだ」

スイスの主な風刺刊行物

ヴィグス(Vigousse):フランス語圏の週刊紙、1万2千部発行。バリーグ(フランス人挿絵画家ピエムの息子)がロホン・フルッチ氏とパトリック・ノードマン氏と共に2009年に創刊。

ネーベルシュパルター(Nebelspalter):ドイツ語圏の月刊誌、2万1千部発行。英週刊風刺漫画雑誌「パンチ」をモデルにジャン・ネッツリ氏が1875年に創刊。

ラ・チュイル(La Tuile):月刊誌、2千500部発行。ピエール・アンドレ・マルシャン氏がジュラ州で1970年に創刊。

ラ・ディスタンクション(La Distinction):1987年創刊、隔月発行。社会、政治、文学、芸術、文化、料理を対象にした批判誌。毎年、有名人による最も滑稽な発言に対してグランプリを授与している。

イル・ディアヴォロ(Il Diavolo):毎月2回、4千部発行。挿絵画家で左派のコラド・モルダシーニ氏により1991年にティチーノ州で創刊。

また、毎年2月のカーニバルの時期には、多数の風刺新聞などが発行される。

(仏語からの翻訳・編集 由比かおり)

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