ダムの老朽化、安全上の問題は?
半世紀以上前に建設され、理論上は耐久年数を超えた大型ダムが世界には数多く存在する。だが安全上の問題はないのか。スイス南部にあるヴェルザスカ・ダムの改修は、地球温暖化が進む今、ダムの老朽化にどう対処すべきかを示している。
土木技師のフランチェスコ・アンベルグ氏は、見るからに感動した様子だ。職業柄、これまで世界中で幾つものダムを訪れたが、このような景色には滅多にお目にかかれないと言う。
私たちは今、ヴェルザスカ・ダムの堤頂から目の前に広がるダム底を見下ろしている。スイス南部ティチーノ州ロカルノから数キロメートル離れた場所にあるこのダムは、56年間の運用を経て改修工事が必要となった。普段はエメラルドグリーンの水をたたえる貯水池は、現在水を抜かれ、まるで月面のように灰色で不毛な風景と化していた。「ほぼ空の状態で見る貯水池は、ある意味でインパクトがある」とアンベルク氏は言う。
堤頂までの高さが220メートルあり、欧州で最も高いダムに数えられる同ダムは、発電能力105メガワットの水力発電所を支える。ここは1995年の映画「007/ゴールデンアイ」で一躍有名になったスポットでもある。ピアース・ブロスナンが演じる英国の諜報員ジェームズ・ボンドがゴムのロープを巻きつけ水に飛び込んだのは、今、私たちが立っているこの場所なのだ。
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アンベルク氏の説明によると、今回の改修工事では、水を貯水池から下流に流す過程で使われる部分が全て該当する。具体的には、タービンへの水流を中断させるバタフライバルブ2基の交換、そして配管内の腐食対策も一新する予定だ。ダムの放水量を調整するために岩盤内に作られた空間、エクスパンション・チャンバー(膨張室)の改修も予定されており、工事期間は約3カ月間、費用は約700万フラン(約8億8千万円)を見込む。
コンクリートは膨張する
一方、アーチ状のダム壁は、現時点では特に改修の必要はないという。他のコンクリート製のダムとは異なり、化学的な劣化は確認されていない。コンクリート製のダムは、コンクリート中に含まれるシリカなどの鉱物が水と反応を起こし、時間の経過と共にダムが膨張する危険性がある。
この劣化は「アルカリ骨材反応」と呼ばれ、擁壁(ようへき)や橋など、コンクリートの構造物全てに該当する。「構造物の強度には影響しないため、最初から問題視する必要はない。ただ監視の必要はある」とアンベルク氏は話す。コンクリートの膨張が進み過ぎた場合、ダイヤモンドワイヤーソーで垂直に切り込みを入れ、ダム内部の圧力を減らすことで対処できるという。
大地震には強い
だが古いから危険というわけではなく、その逆の場合が多いようだ。「最も危険なのは、最初に水を貯める時と、初めて地震が発生した後だ」と言う同氏は、1965年の稼働時より、むしろ今の方が安全だと考える。国際的な研究外部リンクでも、安全上の事故は稼働開始から最初の5年間に集中している。
スイスのコンクリートダムは、1万年に1度の確率で起きる地震を想定して設計されている。とはいえ安全性に関しての規定は特に厳しく、例えばシステムを緊急停止できるよう、全てのダムは速やかに排水できなければならない。
また、スイスのダムは点検が定期的に行われ、最新の地震ハザードマップに基づき再評価もされている。「国際的に見ると、必ずしもこのように管理されているわけではない」とアンベルク氏は言う。
スイスのダムは平均で築69年
老朽化の兆しが見え始めた大型ダムは世界中に何千と存在する。老朽化でダムの機能性や安全性が損なわれる恐れがあるにもかかわらず、規制が緩く費用がかさむことから、あまり問題視されないことが多い。国際大ダム会議(ICOLD)は、世界中で約5万8700基の大型ダムを包括する。大型ダムとは高さが15メートル以上、貯水量が300万立方メートル以上のものを指す。中国が最多で、約2万4千基を保有する。
スイスもダムの密度が最も高い国の1つだ。大型ダム188基を保有し、国内で発電する電気の58%は水力発電が担う。
ICOLDによると、世界の大型ダムの3分の1に当たる約1万9千基は、築50年以上経過している。これはダムの寿命の下限とされる年数を超えており、理論的には改修が必要だ。世界の大型ダムの多くは1960年代~70年代に建設された。その後、新規建設は現在まで減少の一途をたどっている。最大の懸念材料は、ダムが環境に与える悪影響だ。
ダムの寿命は、ダムの種類(コンクリート、岩石、土砂)や建設資材の品質など、さまざまな要因に左右される。スイスダム委員会(swissdams)の土木技師で広報部長を務めるジャン・クロード・コリー氏はswissinfo.chに対し、「鉄筋コンクリート製のダムは中性化による腐食が進むため、最も劣化が早い」と語る。
ダムの平均築年が世界一古いのは日本と英国で、それぞれ111年と106年。スイスは平均69年だ。「確かに比較的古いが、アルカリ骨材反応や中性化がなければ、耐久年数を2倍にしても問題ない」が、必要なメンテナンスを行っていることが前提だと同氏は述べた。
フリブール州にあるメグロージュ・ダムがその好例だ。欧州最古のコンクリートダムで、1872年に稼働を開始した。2005年に改修が行われ「現在も良好に稼働している」とコリー氏は言う。
老朽化のリスク
だが世界中のダムがメグロージュのような状態にあるわけではない。国連大学(UNU)の研究者らは、老朽化したダムは「新たな脅威」であり、十分に取り上げられていないと警告する。
確かな設計の下、正しく建設され、メンテナンスの行き届いたダムであれば、優に100年は運用できる。だがこの基準を満たしていないダムは世界中に数多く存在する。国連大学が昨年発表した報告書外部リンクによると、米国、インド、ブラジル、アフガニスタンなどでは、過去20年間にダム数十基で深刻な被害や崩壊が発生しており、今後もトラブルの増加が懸念される。
ダムの老朽化は、水力発電所の効率や機能を低下させる他にも、何億人もの人々への脅威にもなり得る。報告書によると、2050年には、世界人口の半分以上が20世紀に建設された古い大型ダムの下流で暮らすことになる。
この新たなリスクに対処するには、国際的な取り組みとメンテナンスの強化が必要だ。地球温暖化の影響による劣化の加速も背景にある。その結果、大洪水や降雨量がダムの限界を超え、決壊のリスクが高まる恐れもあると報告書の主執筆者、ドゥミンダ・ペレーラ氏は警鐘を鳴らす。
氷河や永久凍土の融解
スイスのダムは、洪水の増加という新たなリスクにも直面している。アンベルク氏は「現在、ダムからの放水量を調整する放水路の容量を再評価している」と言う。同氏が最も懸念するのは、大雨の後に堆積する木材だ。丸太や枝が貯水池に流れ込んで放水路を塞がないよう、ダム周辺の森林整備が重要だという。
地球温暖化の影響で永久凍土が解け、山の斜面が不安定になる可能性もある。その結果、湖の中で地滑りが起こり、1963年にイタリアのバイオントダムで起こったような壊滅的なダム津波が起こる危険性が高まるという。
また、氷河の雪解け水と共に流れてくる土砂も問題だ。土砂は配管やタービンを摩耗させ、とりわけ貯水池に堆積して貯水量を減少させる。
ヴェルザスカ・ダムは主に雨水を水源とするため、土砂の心配はない。改修工事が終わる春には徐々に水が溜まり、渓谷は再び青く輝く水をたたえることだろう。アンベルク氏はダムの堤頂から最後にこの景色を目に焼き付けているようだ。「こんな眺めは、そうたやすく拝めるものではないからね」
(英語からの翻訳・シュミット一恵)
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