時間のかかるスイス政治 改革は必要か
スイスの政治は連邦・州・自治体の三層制度や国民投票制度、合意形成の原則など複雑な仕組みが多い。なぜこうした複雑な仕組みになったのか、その長所・短所は何か。
2月に刊行したクリスティアン・パウレット氏の著作「A la découverte des institutions politiques suisses(仮訳:スイスの政治制度を発見)」は有料の紙の本だけでなく、電子版外部リンクを無料でダウンロードできる。人文・社会科学の学術的文献を一般の人にも広く読んでもらうために創刊された新シリーズの第1巻だ。
パウレット氏はジュネーブ国際研究所准教授、中央党ジュネーブ支部長、経済条約におけるスイス政府の元主席交渉官など様々な肩書を持つ。スイスの政治制度を読み解くうえで重要なポイントを尋ねた。
swissinfo.ch : スイスの政治制度に関する文献はすでに豊富にあります。なぜ新しい本を執筆することになったのですか?
クリスティアン・パウレット:2つの空白を埋めるためです。1つはスイスの連邦、州、基礎自治体という各レベルの全体像を概観することです。この種の本は確かにたくさんありますが、非常に専門的な学術書か、基本的過ぎる本のどちらかです。本著の特徴は、学術的な厳密性を備えながら、多くの人にもわかりやすく書いてあることです。また在外スイス人の実態について説明する本も他にはありません。
swissinfo.ch:スイスの政治制度はそんなに複雑なのでしょうか?
パウレット:いいえ、そこまで複雑なわけではありませんし、わかりやすく説明することは可能です。それには、単に制度とその機能を紹介するだけでは十分ではなく、その起源や創設された理由も説明しなければなりません。物事の背景が分かればあらゆることに筋が通り、識別・理解・記憶しやすくなります。このアプローチを採用すると、特に複雑であるという印象はありません。
swissinfo.ch:例えばどんな点ですか?
パウレット:連邦国家が創設された1848年当時、近代的で統一された中央集権的なスイスを望む進歩的な州もある一方で、それに消極的な州もありました。後者の州は権限の一部を連邦に譲渡するよう迫られましたが、すべてを失うまいと必死に抵抗しました。
今の政治システムの多くは、19世紀に起こったこの攻防で説明できます。例えば連邦閣僚が国民ではなく議会によって選出されること、連邦憲法の改正には国民投票で「有権者」と「州」の両方で過半数を得なければならないことです。21世紀の制度として、あるいは外国の政治制度と比較すれば奇妙に思えるかもしれませんが、歴史に照らしてみるととてもよく理解できます。
swissinfo.ch:パスカル・クシュパン元連邦閣僚は、同著の序文で「スイスの制度は極端な政治思想を排除するようにできている」と述べています。どう考えますか?
パウレット:スイスの政治システムは国のあらゆる地域や政治勢力の総意や一致に基づいています。この点で、極右・極左に走ることが単純に不可能なのです。パスカル・クシュパン氏の意見に完全に賛成します。スイスの政治精神は、極端な解決策に固執せず、できるだけ多くの人々に沿う合意による解決策を見つけることにあります。
swissinfo.ch:外国の政治制度と比べたときのスイスの最大の特徴は何だと思いますか?
パウレット:それは実際には、イニシアチブ(国民発議権)とレファレンダム(国民表決)の権利を備えた半直接民主制です。小さな自治体も、参事会が同じ趣旨の仕組みを持っています。実際、自治体執行部の決定は、全住民が参加できるこの参事会に諮る必要があります。事実上、一種の強制住民投票に等しい仕組みです。
swissinfo.ch:合議制や少数派の尊重、国民の権利はスイス政治の屋台骨です。こうした要素を外国でも採用することはできますか?
パウレット:私は慎重に考えています。スイスの制度の要素は全て歴史的な背景があり、それが制度に一貫性を与えています。他の国には他の歴史があり、それがその国ならではの制度を作り、それぞれに一貫性を持たせています。
なので臓器移植のようにスイスの制度を他の国を移植できるかといえば、私は非常に懐疑的です。一方で、ある国の原則や理想から得たインスピレーションを他の国の文化や歴史、状況に適応させることはできると思います。
swissinfo.ch:スイスの政治制度の特徴の1つに、物事が決まるまでに時間がかかることがあります。変化のスピードが速まるこの世界で、問題と言えるでしょうか?
パウレット:非常に遅いことは否定できませんが、この点だけに注目すべきではありません。垂直的な仕組みのおかげで物事が速く決まる国では、不安定性が増し、予測可能性が低くなることが多いです。スピード決定と予測可能性は両立しないので、これは当然のことです。スイスの予測可能性は長所であり、スイスを海外から見ても魅力的な国にしています。スイスがその安定性から受ける恩恵は大きく、政治的評判の向上に貢献しています。
現在、世界の動きがますます速くなっているのは事実であり、スイスもそれに適応しなければなりません。それは簡単ではないでしょう。遅さは制度の一部です。連邦レベルでは年に4回、3週間ずつの会期があり、そこで両院の意見の相違を埋めなければならないからです。1~2回の会期で可決に至る法律はほとんどありません。実際の立法作業は実に長い時間がかかります。
swissinfo.ch:世界は加速するだけでなく、複雑さを増しています。他に本業のある人が公職を担う「名誉職制度」の原則が問われているのではないでしょうか?
パウレット:スイスは既に政治の「準専門化」が進んでいます。さらに進めば、制度の本質が大きく変わるでしょう。名誉職制度では、政治家は本業と並行して政治に関わります。選出された議員は複数の肩書を持ち、利益関係がある可能性があります。
誰もがそれを知っているし、問題になっていません。しかし職業政治家から成る制度では、この混在は受け入れられないでしょう。政治がどのような方向に進むのかを見極める必要があります。より専門化が進むのであれば、ルールを変える必要があるでしょう。しかし個人的には、名誉職制度を維持するべきだと思います。
swissinfo.ch:スイスの制度において在外スイス人はどう位置づけられていますか?
パウレット:これも歴史が説明しています。各州がその議会代表を選出します。フランスやイタリアのように在外有権者を1つの選挙区として議席を設けるのは複雑になるでしょう。架空の州を創設することになり、26州から有権者が排除されてしまうからです。さらに、特定の選挙区で選挙運動ができなくなれば、知名度のない在外スイス人が当選することは事実上不可能になります。
在外スイス人は国内居住者ほど代表を議会に送り込めない、という不満には筋がある。私たちにできることは、在外スイス人も投票しやすくすることです。その責任は各州にあります。
swissinfo.ch:スイスの政治制度で最初に改革すべきことは何だと思いますか?
パウレット:改革と言ってまず思い浮かぶのは、たいていは連邦議会でしょう。ですが私は、緊急性は別のところにあると思います。州間の利害調整を改善し、連邦制の効率を高めることが重要です。調整メカニズムはすでに存在しますが、大部分が自主的に行われており、決着がつく保証はありません。
名誉職制度を歪めない範囲で可能な限り効率化する努力も必要です。この点で、透明性に関する法律は非常に重要です。一部の州ではすでにこうした努力を進めています。特にヴォー州は模範的な法律を制定しています。他の州ではこの分野でやるべきことがまだたくさんあります。
仏語からの翻訳:ムートゥ朋子
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