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スイスで自殺ほう助がタブーではない理由

スイスの安楽死支える「死の付添人」

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スイスでは年間1千人を超える人たちが自殺ほう助で亡くなっている © Keystone / Gaetan Bally

スイスには「自殺付添人」と呼ばれる人達がいる。安楽死する患者の元に致死薬を届け、最期の日を迎えるまで患者本人や家族に寄り添うのが仕事だ。スイス最大の自殺ほう助団体エグジットでは、退職世代がその役割を担う。

チューリヒ中央駅でベルン行きの電車を待つ、初老の男性ユルグ・ビルヴィラーさん。エグジットの自殺付添人研修プログラムの研修生だ。

この日は、指導係の女性と一緒に、ベルンで1人の男性の自殺ほう助を行う。自殺ほう助は2度目といい、ビルヴィラーさんは「緊張している」と打ち明ける。

スイス公共放送(SRF・独語圏)の報道番組「Reporter」(2019年12月放送)は、ビルヴィラーさんの研修に同行。「仕事」を終えて外に出てきたビルヴィラーさんは、男性がどんな風に最期を迎えたのかをカメラの前で語った。

エグジット外部リンクによると、同団体では40人超が自殺付添人として働く。大半が現役を退いた65歳以上の人たちだ。ビルヴィラーさんもリタイア組。現在は研修を修了し、正規の自殺付添人として活動している。

エグジットでは、年間約1千人のスイス人・国内在住者が自殺ほう助を受ける。ほぼ全員(2019年は98%)が、最期の場所に自宅や入居先の高齢者施設を選ぶ。

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自殺ほう助を受けるためには医師の診断が必要だが、自殺当日に医師は同席しない。ビルヴィラーさんらエグジットの自殺付添人は、患者が事前に指定した日に、医師の処方した致死量のペントバルビタールナトリウムを患者の元へ届ける。

患者が自ら薬を服用して命を絶った後は、警察の実況見分にも立ち会う。

自殺ほう助を受ける人とは事前に連絡を取り合い、最期の日に向けて準備を進める。当日立ち会う家族・友人らのケアも、付添人の仕事だ。

エグジットの「自殺付添人」になるにはいくつかの条件が(下段参照)ある。条件を満たした人は、エグジットで約1年間の研修に参加し、患者への対処の仕方や自殺ほう助に必要な医学・法学・心理学の知識を学ぶ。

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エグジットの自殺付添人の研修会 SRF-SWI

基本的に必要となるのは人生経験、人間性に関する知識のほか、人間的・社会的能力、そして専門的スキルだ。このため、社会福祉、医療介護分野の職歴保持者が多い。牧師、教師もいる。主な条件は以下の通り。

・心理学、コミュニケーションに関する知識とスキル

・自己決定権を尊重できる

・しっかりとした性格で、共感力、忍耐力がある

・自殺ほう助の法的状況に関する知識がある

・40歳以上が望ましい

自殺付添人はそれぞれエグジットの契約スタッフとして働いている。自殺ほう助の案件1件に付き一律650フラン(約7万1500円)が支給され、電話代、交通費も支払われる。

エグジットのユルグ・ヴィラー副代表はswissinfo.chの取材に「原則として、自殺付添人が1件の案件に費やす時間は約20時間。このため、看護職で支払われる平均時給35〜40フランを参考に設定している」と説明する。

ヴィラーさんは「実働時間は20時間だが、1人の患者と何年もコンタクトを取り合うことは珍しくない」と話す。

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死を防ぐ側から助ける側へ

研修生ビルヴィラーさんの退職前の職業は、チューリヒ刑務所の所長だった。退職後、エグジットの求人を偶然目にし応募したという。

刑務所で働いていた時は、入所者の自殺を防ぐ側の人間だった。それがなぜ今は他人の自殺を手助けしているのか。ビルヴィラーさんはSRFのインタビューに「刑務所内の自殺はプレッシャーの中で、衝動的に起こるもの。エグジットで自殺ほう助を受ける人は、そうしたプレッシャーとは無縁だ」と言い、同じ自殺でも根本は全く異なると語る。

ユルグ・ビルヴィラーさん
昔の職場の前で、SRFのインタビューに答える自殺付添人研修生のユルグ・ビルヴィラーさん SRF-SWI

スイス東部グラールス在住の自殺付添人、マルティン・クレーヘンビュールさん(64)は妻をALS(筋萎縮性側索硬化症)で亡くしたのをきっかけに、この仕事を始めた。妻は安楽死を希望し、担当医師にモルヒネと呼吸用の酸素を処方してもらい、安らかに自死したという。

クレーヘンビュールさんは2018年、地元紙のインタビュー外部リンクに「妻の死から立ち直るのに2~3年かかった。だがその後、妻と同じように苦しむ人を助けてあげられないか、と考えるようになった」と理由を語る。

マルティン・クレーヘンビュール
自殺付添人の研修生を連れ、患者の元に向かうマルティン・クレーヘンビュールさん(右) SRF-SWI

高まる需要

エグジットで自殺ほう助を受ける人は年々増えている。

クレーヘンビュールさんは地元紙のインタビュー外部リンクに「付添人を始めたころの担当人数は年間15~20人だった。それが5年経った今(2018年時点)は30人ほどに増えている」と語った。

エグジットではこうした需要に応えるため、自殺付添人を常時募集している。

エグジットのヴィラー副代表は、付添人の年齢も理由の1つだといい「高齢のため、辞める人がどうしても出てくる」と言う。

ヴィラーさんは、そのほかにも「スイスの各地域に自殺付添人を置き、良いネットワークを構築したいと考えている。各地に自殺付添人がいれば、地元との結びつきが強くなり、また自殺ほう助のために遠方まで出向く必要がなくなる」と話す。

「医師にはノウハウがない」

国外居住者を受け入れている自殺ほう助団体ディグニタスでも、自殺付添人の研修内容やほう助の流れはエグジットとほぼ一緒だ。

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スイスで安楽死の権利を得た日本人が思うこと

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大きく異なるのは、致死薬を渡すのが外部の人間ではなく、団体内部のスタッフであるということ。ディグニタスのシルバン・ルライさんは「スタッフ31人のうち、11人が通常の事務作業と兼務で行っている」と話す。

国外居住者の場合は通常、ディグニタスの施設で、スタッフが持ってきた致死薬を飲んで死亡する。

基本的に医者と患者の二者間で安楽死が完結するオランダなどと異なり、スイスでは、ディグニタスやエグジットのような第三者が医師・患者の間を橋渡しする「三角形構造」になっている。

例えばディグニタスでは、組織内に自前の医者を持たない。安楽死を希望する患者と、医学的見地からその是非を判断する医者をつなぎ、必要な手続きをサポートする立場に過ぎない。

ルライさんは、スイスは1980年代に最初の自殺ほう助団体が設立されて以降、この「三角形構造」を続けてきた経緯が今につながっていると話す。

ルライさんは「スイスでも医師が直接自殺ほう助を行うことはできる。だが大半の医師は時間の余裕がないか、ノウハウを持っていない。だから我々のような団体がその間に入っている」と話す。

精神的な負担は?

少年事件専門の元検事で、60歳で早期退職した後に付添人の仕事を始めたスザンナ・シュミットさんは、2015年のエグジット会報のインタビュー外部リンクで「大変な仕事かどうか人から良く聞かれた時は、負担の大きい仕事だと答えている」と話す。

シュミットさんは「(患者や遺族など)関係者全員に対応しなければならない。特に若い人が重い病を理由に小さな子供を残して亡くなるケースでは、その分精神的な負担が大きい」と打ち明ける。

エグジットとディグニタスは、こうした付添人の精神面をケアするサポート体制も整えている。ディグニタスのルライさんは「自分にその案件は担当できないと思ったら、ほかのスタッフに任せることも可能」と話す。

シュミットさんは「親しい人と話したり、必要に応じて自殺ほう助担当チームのリーダーと話すことで、心が楽になる」という。

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