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ミナレットは禁止でも「スイスで差別は感じない」

映画「フランスの中のベール」の1シーン。フランスでは学校内でのベール着用は禁止されている Bernard Debord

スイスは昨年の11月、イスラム寺院の尖塔であるミナレットの建設禁止を国民投票で決定した。

これを受けイスラム諸国などが「ミナレット禁止は宗教の自由に対する冒涜 」として、3月1日から26日まで開催中の国連人権理事会に決議案を提出しようとしている。同時に企画された国際人権映画祭でもフランスでのイスラム教徒への差別問題が取り上げられた。

ベールによる差別

 イスラム過激派による各地でのテロ行為などに伴い、ヨーロッパでは10年ほど前から、イスラム教徒 ( 以下、ムスリム ) を対象に偏見、差別の風潮が広がり、「イスラモホビア ( ムスリム嫌いの意・ islamophobia ) 」という新語まで誕生した。ヨーロッパにはおよそ1500万人のムスリムが住んでいる。

 こうした中、ムスリムの女性が被るベールは差別の象徴的対象になっている。ジュネーブで開催された国際人権映画祭 ( FIFDH )で3月12日上映された「フランスの中のベール」は、ムスリムが人口の4割を占めるフランス北部の街ルボア ( Rouboix ) で撮影された映画だ。フランスでは学校内でのベール着用が禁止されていることが語られ、また着用する女性としない女性の対立が主なテーマとなって、フランス社会でのムスリム問題がベールを通して浮き彫りにされた。

 「ベールの着用は女性の宗教的衣服で、コーランにその義務付けが明記されている。しかし、着用しなくてもムスリムであることに変わりはない。女性が自由意志で着用を決められることが理想だ」
 とジュネーブの大イスラム寺院のイマン ( 導師 ) 、ユッスフ・イブラム氏は話し、着用のメッセージはあくまで「わたしはムスリムだ」ということに過ぎないと言う。

 上映後の討論会に出席したベールを被った女性の1人は、フランスでの差別に対しスイスの状況を
 「娘は被っていないが、わたしは被ると決めてこうしている。スイスで色々な社会的活動に携わっているが、ベールのせいで差別を受けたことはなく、まったく問題がない」
 と話した。

 これにはスイスにおけるムスリムの在り方が関係していると、討論会のパネリストたちは口を揃える。フランスでは旧植民地のモロッコ、アルジェリアなどから集団で移住してきたムスリムの居住区が各都市でゲットー化し、差別を受けやすい状況にあるが、スイスでは個々人が移民として来て、ほかのイタリアやポルトガルからの移民と同じアパートに住んでいたりする。

 「幸いなことに スイスには、映画で観たようなゲットー化もなく差別もない。あるとしたら個人のレベルでの差別であり、ムスリム社会全体への差別は存在しない」
 とイブラム氏は結論する。

ミナレット禁止の背景

 昨年11月に行われた国民投票で57 %の賛成で、ミナレット建設禁止が可決されたことに対しても
 「ミナレット建設禁止もムスリムへの差別から来ているのではない」
 とイブラム氏は言い切る。米9.11同時多発テロ、マドリッドのテロ事件、またリビア問題や不景気なども重なり、スイスでのムスリムに対してはっきりとした枠を設けるべきだと一部の政治家が考えただけだという。

 一方、ムスリムのスイス社会融和促進協会「ラントゥル・コネサンス ( L’entre-connaissance ) 」のハフィッド・ウアルディリ氏は
 「確かにスイスで差別はあまり感じられない。ただスイス人は一般に好奇心があまり強くなく、ムスリムがどういった人たちかを知らない。こうした状況を一部の右派の政治家が利用し、外国でのテロ事件などで恐怖心を煽り、ムスリムに対し境界線を引こうとした。結局、政治が宗教を利用している」
 と話す。

 そして
 「今回最も傷つけられたのは、ムスリムは別にミナレットを建てたいと要求したわけでもないのに、つまりムスリムは宗教を自由に実践する範囲を超えた行為をしていないのに、これはするなという限界の線を急に突きつけられたことだ」
 という。

 また、国民投票のキャンペーン期間中に、イニシアチブに対し反対行動を起こさなかった理由を
 「スイス政府はムスリムを擁護し、イニシアチブに反対していた。その政府の態度を信じていたし、また直接民主制のシステムを知っていたので反対行動を起こすのは適切ではないと思った」
 と説明する。

ミナレット禁止の人権的側面

 しかしミナレット建設禁止の結果には失望し、仏教の寺の鐘やキリスト教会の鐘などが、スイスでは禁止されていないのに一つの宗教だけを対象として禁止を行ったことは、国際人権憲章の観点からは宗教の自由における差別に当たるとウアルディリ氏は考え、昨年12月ストラスブールの欧州評議会 ( CE ) に訴えを起こした。

 ところが3月11日、イスラム教諸国とアフリカ諸国はスイスでのミナレット建設禁止を
「宗教の自由を保障する国際的な人権の義務に反するムスリム嫌いの表明」であり、また「宗教の自由に対する冒涜 ( ぼうとく) だ」と指摘し、国連人権理事会 ( UNHRC ) に決議案を提出する準備を進めていると発表した。
 
 これに対しスイス側は
 「宗教の自由に対する冒涜だというコンセプトに基づいた草案には、スイスは基本的に反対している。スイスは憲法で、すべてのスイス国民が自分の宗教を自由に実践できることを保障している」
 と、スイス代表部の広報担当官、ラファエル・サボリ氏はスイスの通信社に対し説明した。またスイスは人権理事会が終了する3月26日以前に、時期を見て正式な見解を表明するという。

 このニュースをウアルディリ氏は
 「スイス市民としては、スイスが多くの国から国連の場で批判されるのは良い気分ではない。また個人的には欧州評議でヨーロッパ内での人権問題として解決される方向を選びたい」
 と言う。

 こうした動きとは別にウアルディリ氏は、イスラム教の国々が、政治システムを含めスイスをより良く理解できるよう仲介の役を務め、一方スイス内部でムスリムがスイスのシステムへの理解を深めるよう努力を行なっている。イブラム氏もイスラム寺院に来る若者を対象に、スイス市民としての態度や学習意欲の向上、職業に就くための努力を行うことなどを積極的に指導していると説明する。

里信邦子 ( さとのぶ くにこ) 、swissinfo.ch

スイスに住むムスリムは約40万人とみられている。 ( スイスの人口は約760万人 )
多くが、トルコやバルカン半島の国々の出身で、個々にスイスに移住してきた。
イスラム寺院に行き、積極的に宗教活動を実践しているムスリムは、約2割と見られている。
一方、スイス国内でミナレットのあるイスラム教寺院は、ジュネーブ、ヴィンタートゥール ( Winterthur ) 、チューリヒ、ヴァンゲン・バイ・オルテン ( Wangen bei Olten ) の4カ所。
このほか、およそ130から160のイスラムセンターや祈りの家があるが、多くの場合一般住宅を利用したもの。

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