オンライン試験監視システムはプライバシーの侵害?学生が抗議
昔からスイスの大学では、年明けに学期試験が始まる。今年は新型コロナウイルスのためオンラインで実施されるが、学生たちは「ビッグブラザー」的なビデオ監視に不満を募らせる。
ザンクト・ガレン大学(HSG)で経済政治学を学ぶ、学士課程最終学年のアンネさんは、少し不満を感じている。卒業論文を書き終えたばかりで、あとは担当教授にメールで送るだけだ。それさえ終われば、アンネさんは学位取得の全要件を満たすはずだが、何か物足りない。
通常では卒論提出の後に行われる、教授陣を前にした口頭試問が今年は実施されない。そして残念なことに、これまで彼女を支えてくれた母親をあれほど招待したかった卒業式も行われない。
それでもアンネさんはラッキーな方だった。最終試験を全て対面で受けることができたからだ。昨春、新型コロナウイルス感染拡大の第一波で大学が閉鎖されている中にもかかわらず、ザンクト・ガレン大学ほか一部の大学は、マスク着用の徹底、学生が教室で十分な距離を保って座ることを厳守させた上で、対面試験を許可した。
だが現在スイスは感染対策措置を強化しているため、2021年の学期は完全にオンライン講義に切り替わった。大学は20年11月2日から再び閉鎖されたままだ。
ジュネーブの学生の抗議
リモート学習の需要の高まりを受けて、世界的にオンライン試験システムが開発されている。もともとはビデオ会議ツールだったZoomの他にも、Proctor U、ProctorExam、Mettl Online Assessment、Pearson VUEなどの、より専門的なリモート試験監視用デジタルツールがある。
ジュネーブ大学(UNIGE)は昨年11月、Zoomで試験を受ける学生のビデオ監視と、プロクタリング(遠隔監視)とオンライン試験監督ツールとして知られるTestWeソフトの使用を認める指針を出した。
プロクタリングは、替え玉受験を防ぐために受験者の身元を確認し、受験生が試験中に許可されていないページやファイルを開いていないことを確認するために使用される、受験者の行動やパソコンの画面を監視するシステム。
プロクタリングは、同時的または非同時的に使用される。前者は外部の試験監督官がオンラインでリアルタイムに試験を監視し、後者は禁止されている行為や動き、音をシステムが自動的に追跡する。
プロクタリングソフトのメーカーは、アルゴリズムの改良を重ねている。そのため理論的には、顔認証に加え、キーボードの打ち込みパターン(入力の速さやキー操作の間の休止時間など)、マウスの動き、音声を識別できる。これらのメソッドには一定の限界があるものの、将来的には改善されてさらに不正行為を防げるようになるかもしれない。
TestWeはフランスのスタートアップ企業だ。受験者は、試験中3秒ごとにスナップ写真を撮るプログラムを事前にダウンロードしなければらない。受験者が部屋を離れていないか、何かに気を取られていないか、インターネットやハードドライブで情報を検索していないかを確認するためだ。試験に使用されるコンピューターのオペレーティングシステムは完全にブロックされ、ソフトウェアによって制御される。
これに対して学生協会大学協議会(CUAE)は、「UNIGEはあなたを見張っている(UNIGE is watching you)」というスローガンのもと、抗議運動を始めた。同協議会は、プライバシー権を保障するスイス連邦憲法第13条と欧州人権条約第8条を根拠に、デジタル監視はその権利を侵害していると主張する。
CUAEの常任秘書、ユーゴ・モリノーさんは無料日刊紙20min. に「納得がいかないのは、音声付きで継続的に録画されることだ。学生が画面に姿を出すかどうかを自分で決められるリモート講義とは違い、試験中に映像を自分で管理できない」と話す。
CUAEはまた、監視システムは学生の私的な保護ファイル内のデータもチェックしていることを警告する。試験中に撮られた写真や音声記録は、アマゾンの電子商取引会社の一部門である、アマゾン・ウェブ・サービスに属するサーバーに保存される。
ヌーシャテル大学の学生らもまた、大学がオンライン試験監視用に選んだWebexソフトウェアを「私生活への侵入」だとして抗議している。
では監視がなかったら?
オンライン試験での不正行為は、すでにフランスでは深刻な問題となっている。フランスの日刊紙フィガロは、学生たちはフェイスブック・メッセンジャーで問題の解答を交換し合ったり、自分たちの「カンニングスキル」を自慢したりもしていると伝えている外部リンク。
スイスの学生にも不正行為をする人はいる。例えば、チューリヒ応用科学大学(ZHAW)は夏季試験後、試験中の不正行為について一連の懲戒調査を行っている。
昨年12月の独語圏の日刊紙NZZの報道外部リンクによると、同大の学生148人が昨年夏、オンライン試験で不正行為をはたらいた。半数以上が行為を認め、43人が潔白を主張、1人が無実だと判断されたほか、8人が大学の決定を待っているという。一方で大学は、多数の懲戒調査をこなすために一時的に特別に職員を雇っているという。
独語圏の日刊紙ターゲス・アンツァイガー外部リンクによれば、チューリヒ大学でもオンライン試験を受けた4万人のうち、不正行為の疑いで200人近くの学生が懲戒調査を受けている。一方、名門の連邦工科大学チューリヒ校(ETHZ)で春学期に不正行為の疑いがあったのはわずか2人で、オンライン試験で1人、対面試験で1人だった。
解決策を求めて
1月21日のNZZの報道外部リンクによれば、連邦工科大学ローザンヌ校(EPFL)は、このような「ビッグ・ブラザー」的監視ソフトウェアを採用しないことを決めた。今学期は試験の半数をオンラインで実施するという。ラーニングテクノロジーを担当するピエール・ディレンブルク教授は、「不正行為をする人は、どんな状況でも不正する方法を見つけるだろう」と話す。「最善の解決策は、暗記では答えることのできない回答を必要とする複雑な課題を出すことだ」
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また、EPFLは独創的な方法も採用している。通常手書きでしなければならないスケッチや数学の計算を必要とする試験用に、ラップトップに取り付けられる2千枚の小さな鏡を学生に送付した。これを使えば、ウェブカメラは学生が書いているものだけを撮影し、教授はZoomを使ってリアルタイムで監視することができる。
フリブール大学も、分析や論理的思考を必要とする「オープン・エンド型質問」の出題に力を入れている。
ジュネーブ大学外部リンクは学生の抗議活動を受けて、1~2月のオンライン試験の映像を録画しないが、不正行為を防ぐために引き続きZoomによる本人確認とリアルタイムのビデオ監視を行うとしている。CUAE外部リンクはこれは実質的な勝利だと考えている。
だが、ヌーシャテル大学の学生は試験の状況に満足していない。昨年6月にオンライン試験で不合格となった場合、大学は追試験を許可したのに対し、今回は通常のルールが適用されるからだ。これに対しヌーシャテル学生連盟(FEN)は、州議会に抗議申立てを行うことを決めた。再試験を受ける権利だけでなく、今後のオンライン試験でビデオ監視を停止するよう求めている。
(英語からの翻訳・由比かおり)
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